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手賀沼 波紋

最終更新: 5月30日



「手賀沼」は柏・我孫子・印西・白井の四市を跨ぐ広大な湖沼で、その流域では50万人以上の住民が生活をしています。干拓によって沼の規模は随分と縮小されましたが、それでも沼の面積は約650ha、東京ドーム138個分もあります。ちなみに手賀沼の水深は平均で0.9mとかなり浅く、最も深いところでも4m弱しかありません。江戸時代より行われてきた干拓により湖岸には水田集落が点在していましたが、とくに1946年以降に食糧増産を目的として農林省が干拓を進めてからは、湖の東半分は完全に水田化され、今に至っています。

 1955年頃まではウナギやワカサギなどの漁獲がある清澄な湖沼でしたが、その後、近くを通るJR常磐線、成田線沿線の住宅地の開発が進み、そこからの家庭雑排水が沼に大量に流入して水質が著しく汚濁したため“日本一水質の悪い湖沼”として全国にその名を馳せることになります。実際、手賀沼は1974~2001年までの27年間にわたり「全国の湖沼水質ワースト1位」という不名誉な記録を持っており、一時期の水質汚濁レベルはかなり深刻なものでした。そのため、この状況を打破するために千葉県と手賀沼流域市町村が下水道を整備して合併処理浄化槽や雨水抑制施設を設置し、利根川と江戸川を結ぶ北千葉導水路を作って浄化用水を注入して汚水が溜まりやすい状況を改善しました。さらには手賀沼流域住民への水質浄化啓発事業などの様々な施策を行うことによって水質は向上し、2002年以降はワースト1位から脱却することに成功。近年はトライアスロン大会が開催されるまでに回復しました。それでもまだ全国の湖沼水質ワースト10位以内にいますから、まだまだ“きれいになった”とはいえない状態です。かつての清澄な手賀沼に少しでも近づけるべく、現在も行政及び地域住民による努力が継続されています。

 実は、手賀沼には近隣住民の生活排水による水質汚濁だけではなく、もう一つ深刻な問題が存在しています。それは放射性物質の流入で、2011年3月の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故の後に、手賀沼に基準値を大きく超える放射性セシウムが流入していることが判明しました。そのため、モツゴ、ギンブナ及びコイについては食用にしない、また、他の河川への移動をさせないという行政指導が入り、その後も沼底には放射性泥土が残留しているので、千葉県がモニタリングを継続している状態です。水が放射能を遮蔽するため、地域住民の日常生活には支障はないとのことですが、閉塞性の高い湖沼における放射性セシウム残留泥土の問題の解決には相当な時間が掛かりそうです。写真は、地元の漁師が明け方に漁に出かけるところを撮影したものですが、上記の理由で、今ではもう見られない風景となってしまいました。

 都市部で生活する私達は、多忙な毎日を送る中で利便性ばかりを追求し、地域の自然環境に支えられて暮らしていることをつい忘れがちです。自然環境は私たちの生活に欠かせない様々な資源を提供するとともに、水の浄化や防災など、私たちが安全・快適に生活する条件を調整する機能を有しており、生態系の劣化や崩壊は私達の生存基盤の根幹を揺るがす問題に繋がっていきます。自然の大切さを再認識し、美しい自然と共生していることを誇らく感じることは、持続可能な社会を実現するうえで必要不可欠なものではないでしょうか。今回紹介した手賀沼に限らず、日本の美しい自然を保全していくことは、結果的に私達の生活を守り、豊かにしていくことになります。

 私は自然風景を撮影することを趣味としていますが、撮影地に赴いて日本の美しい自然風景を目の当たりにする度に、自分たちが自然の恵みによって生かされているのだということを強く実感しています。

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